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千葉地方裁判所 昭和51年(行ウ)16号 決定

原告 葉木富雄

被告 関東郵政局長

主文

本件を東京地方裁判所に移送する。

理由

一  当事者の申立

1  被告、本案前の申立として主文同旨の裁判を求め、その理由とするところは別紙「訴訟移送申立書」、「訴訟移送申立補充書」記載のとおりである。

2  原告は、「本件移送申立を却下する」との答弁をなし、その理由とするところは別紙「移送申立の理由に対する意見書」記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、本訴は行訴法上の抗告訴訟であつて、原告が取消を求めているのは、被告(その所在地は東京都)が千葉県多古郵便局に勤務する郵政事務官である原告に対してなした懲戒処分(以下本件処分という)であり、右多古郵便局は、特長郵便局長を長とする郵便局で、特定郵便局に勤務する職員に対する懲戒権は郵政省職務規程(昭和二四年九月五日公達第三九号)七条四号、別表第二により地方郵政局長に委任されているので、本件処分も右規程に基づき被告がこれを行なつたものであることが明らかである。従つて、当裁判所には行訴法一二条一項にいう土地管轄はない。

2  多古郵便局長が被告の下級行政機関であることは本件記録上明らかである。

そこで原告は、本件処分事由たる事実の存否、処分量定の基礎となるべきストライキの状況、参加者の氏名及び人数、業務運行に及ぼした影響更にはストライキに対する原告のとつた指導の具体的な内容などに関する、多古郵便局をはじめとする全逓信労動組合香取支部の組織範囲に含まれる一二の普通・特定郵便局の局長(以下多古郵便局長らという)の調査、報告に基づき、被告が本件処分をなしているので、右郵便局長らは行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当つた下級行政機関」に当り、当裁判所に同条同項の特別管轄が存在すると主張する。

ところで、行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当つた」とは、単に処分庁の依頼によつて資料の収集を補助した程度ではなく、処分の基礎となる資料を積極的に収集提供し又は処分についての意見具申を行なうなど処分の成立に積極的に関与し、これに重要な影響を与えたことをいうものと解される。

これを本件にみるに、本件記録によれば、多古郵便局長は、被告からの調査要請に基づき、本件処分事由の内容をなすストライキが実施された昭和四九年一一月一九日及び同五〇年一二月一日両日につき、当日勤務予定となつていた原告を含む多古郵便局職員の氏名、担務内容、欠勤状況及び業務運行状況(郵便業務、為替貯金業務及び簡易保険業務の各取扱状況)を調査して被告に報告したことは認められるが、それ以上同郵便局長をはじめとする前記郵便局長らが積極的に資料を収集提供したり、右ストライキに参加した原告の処分について意見を具申したりしたことは認められない。以上の事実によれば、多古郵便局長らが、本件処分に積極的に関与し、これに重要な影響を及ぼしたものということはできないので、右郵便局長らは行訴法一二条三項にいう「事案の処理に当つた下級行政機関」とはいえず、当裁判所に原告主張の前記特別管轄は存在しないし、他に本訴につき当裁判所の管轄を認めるに足る理由はない。

3  以上の次第で、本訴訟は行訴法一二条一項により被告所在地の東京地方裁判所の管轄に属するものと解すべきであるから、同法七条、民訴法三〇条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 渡辺桂二 東原清彦 井上繁規)

(別紙一) 訴訟移送申立書

申立の理由

本件訴訟は、被告関東郵便局長が原告に対してなした懲戒処分の取消を求めるものであるが、行政庁を被告とする取消訴訟は行政事件訴訟法一二条一項によりその行政庁所在地の裁判所の管轄に属するところ、右関東郵政局長の所在地は東京都であるから、本件は東京地方裁判所の管轄に属する。

なお、御庁管内には、本件懲戒処分に関し事案の処理に当たつた下級行政機関は存しない。

(別紙二) 訴訟移送申立補充書

一 本件懲戒処分に関し、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一二条三項にいう事案の処理に当たつた下級行政機関が御庁管内に存しないことは、既に前記申立で明らかにしたところである。

ところで、行訴法一二条三項にいう当該処分に関し「事案の処理に当たつた」の意義については、「単純に調査の嘱託等を受けて資料の一部を収集した程度ではなく、積極的にその処分に関与し、重要な影響を与えたことをいう」(南博方編・注釈行政事件訴訟法一四五頁)、「単に処分庁の依頼によつて資料の収集を補助した程度ではなく、その処分の成立に関与したことをいう」(杉本良吉・行政事件訴訟法の解説四九頁)、「下級行政機関の事案の調査に基づく意見具申等によつて上級庁が処分する等処分の成立に関与することを意味する」(名古屋高裁金沢支部昭和四九年一月二一日決定・判例時報七四七号五三頁・訟務月報二〇巻五号一四八頁)ものと解されているが、原告に対する本件懲戒処分に関し、右にいう事案の処理に当たつた下級行政機関は、御庁管内に存しない。

二 原告が勤務している多古郵便局は、特定郵便局長を長とする郵便局であり、特定郵便局に勤務する職員に対する懲戒権は郵政省職務規程(昭和二四年九月公達第三九号)七条四号、別表第二により地方郵便局長に委任されているので、本件も、右規程に基づき被告関東郵政局長が原告に対する減給処分を行つたものである。

ところで、昭和五二年四月四日付けの多古郵便局長の陳述書で述べられているとおり、同局長は、被告の求めに応じ、全逓信労働組合によるストライキが実施された昭和四九年一一月一九日及び昭和五〇年一二月一日の両日について、勤務予定者であつた職員の勤務状況および業務運行状況を調査して、被告に報告したにとどまるのであつて、処分には何ら関与していない。

したがつて、多古郵便局長が、行訴法一二条三項にいう事案の処理に当たつた下級行政機関に該当しないことは明らかである。

(別紙三) 移送申立の理由に対する意見書

一 本件取消訴訟は、行政事件訴訟法一二条三項に基づき、御庁にも提起することができる。

その理由は、以下のとおりである。

二 (一) 本件懲戒処分は、被告のなしたものであるが、処分説明書(甲第一号証)の記載によれば、その処分事由は、

「〈1〉 全逓信労働組合香取支部支部長の役職に従事中、

同組合中央本部の発出した違法なストライキの実施指令に基づき、昭和四九年一一月一九日の佐原郵便局ほか一一局におけるストライキに際し、指導的行為を行う等し、

〈2〉 同五〇年一二月一日違法なストライキに参加し、みだりに勤務を欠いたものである」

というものであつた。

(二) 原告は、千葉県多古郵便局に勤務する郵政事務官である。

(三) 全逓信労働組合(以下、全逓という。)香取支部は、佐原郵便局小見川郵便局の両普通郵便局および多古郵便局を含む一〇局の集配特定郵便局などに勤務する郵政職員などをもつて組織する全逓の下部機関であり、原告はその支部長の地位にあつた。

(四) 右処分理由〈1〉は、原告が同支部の行なつたストライキを指導したとするものであるが、右処分事由たる事実の存否はもとよりのこと、処分量定の基礎となるべきストライキの状況、参加者の氏名、人数、業務運行に及ぼした影響さらにはこれに対する原告の指導の具体的内容などは、これら各局の管理者による以外には把握することは不可能であるから、本件懲戒処分はその調査および報告に基づいてなされたものであることは確実である。

(五) また、右処分事由〈2〉は、原告がストライキに参加して勤務を欠いたことを理由とするものであるが、これが多古郵便局長の調査および報告に基づくものであることはいうまでもない。

(六) 同法一二条三項にいう「当該処分又は裁決に関し事案の処理に当つた下級行政機関」とは、「その処分の成立に関与した下級行政機関と解されており、「国家公務員法による公務員の懲戒に関し、当該公務員の地方部局において懲戒事由を調査し意見を付して任免権者たる中央官庁に報告し、それに基づいて中央官庁が懲戒する場合」などがこれに該ると説かれている(杉本良吉「行政事件訴訟法の解説」四九頁)。

右に述べたとおり、本件の懲戒処分は、多古郵便局長など右に述べた全逓香取支部の組織範囲に含まれる各郵便局長の調査、報告に基づいてなされたものであることは明らかであるから、右各郵便局長らは「事案の処理に当たつた下級行政機関」にあたるというべきであつて本件訴訟はその所在地たる御庁に提起できるものであるといわなければならない。

また、右に述べたところから明らかなとおり、証拠調べ等は御庁においてなすのが便宜であり、本件訴訟が東京地方裁判所に移送されるときは原告ばかりでなく被告にも不利益を生ずるおそれがあるばかりか訴訟経済上も適当でないことに留意すべきである。

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